小説より奇妙な現実をより面白く。ある傍観者の備忘録

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日本に蔓延るただのりという病気

アメリカでは昔ケネディ大統領が、「国が諸君のために何をしてくれるかを問うのではなく、諸君が国のために何をできるのかを問うて欲しい」という演説をしたのだが、今、日本でもこの言葉が生きてくるのではないだろうか。

国が面倒を見てくれない。会社が面倒を見てくれない。学校が問題を見てくれない。先生が面倒を見てくれない。親が面倒を見てくれない。

最近はこれまでの当たり前が通じなくなっていると言われるが、世の中そんなものである。社会は自分を中心に回っているわけではなく、むしろ自分のために何かをしてくれるという事自体が奇跡。そして社会に余裕が無くなれば無くなるほど、自分で自分の身を守らないといけない状況にならざるを得ない。

そんな事を書くと、でも、国に対しては税金を払っているし、会社では労働を提供している。学校なんて授業料を払っているから客そのものである。だから、対価としてのサービスをちゃんと提供してもらうのは当然だという事を言う人もいるだろう。

仰る通りだ。ただ、海外では安くて美味しいレストランが無いように、物事には対価というものが存在する。そして、きちんと高いお金を払っているのであれば、提供しているものに対する不満は正当であるかもしれない。だが大概、なけなしのお金を払ったのだからサービスをよくしろなんていう人の多くが自分が負担しているもの以上の対価を受けようとしているのも事実なのだ。

そういうのを経済用語ではフリーライダーとかただのり野郎とかいうのである。

全く仕事の役に立っていないのに高い給料を掠め取っていく奴。税金も年金もそんなに払っていないのに、保障だけは充実させて欲しいという老人。大学の時に受けた試験だけで一生保障されるべきだと思っている公務員。安定、安心、安穏を求めた結果、自分で気づかずフリーライダーになっている人があまりにも多い。

そして、フリーライダーが増えれば増えるほど、実際にやる気を持って頑張っている人が馬鹿を見るのだ。非常に残念なことに、その事実に気づいた人から徐々にただのり野郎化していくようになる。悪貨が良貨を駆逐すると言われているようにただのり野郎を放置しておけばおくほど、その組織や社会がどんどんと腐っていくのである。

一昔前ならこれは大企業病みたいなものとして片付けられていたような気がする。だが、最近は単なる官僚組織の弊害を超えて、ただのり野郎が腐ったリンゴのように社会全体を徐々に蝕んでいっているのだ。そのため、どんなに組織改革をしたところで状況は改善しない。縦割りを無くしたり、情報の共有化、意思決定の早い仕組みを作ったところで、やらなくても良い状態を残しておくことでフリーライダーが増え続けているからだ。

解決方法としては、フリーライダーが損をするような仕組みを作らないといけない。ただ、あまりにもただのり野郎が全体に対して増えてしまうと、抵抗勢力が大きいために状況を変えても変えられなくなる。残念ながらそんな状況になってしまったら既に死んだも同然。これまでの蓄えを食いつぶして最後に破綻するのみだ。

そんな状況からどうやったら自分の身を守れるのだろうか。

まずは、ミイラ取りがミイラになる前に、ただのり野郎が蔓延っている場から全速力で逃げる事。そして、寄らば大樹の陰的な思考よりも少数精鋭で全員が自主的に働いている組織に身を置く事だ。

短期的には大変になるとは思うが、早めに自分が何をしてもらうのかではなく、何ができるのかというところを目指すしかない。

経済学的にはただのり野郎が増えると、クラウディング・アウトという現象が

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