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稀勢の里引退というヒーロー・エンターテイメントの悲しい結末

稀勢の里の引退が決まった。残念ながら、また日本の日本人贔屓と過度のプレッシャーという社会的風潮の犠牲者が出てしまったのだ。

日本ではヒーローに対する期待と、日本人頑張れという愛国心が強いためにこの種の可哀想な事例が多々存在する。少しでもヒーローの芽が出始めると祭り上げ、そしてそれが日本人が活躍していない場であれば、その祭りは益々と大きく取り上げられる。

これは、柔道や相撲などと元々日本人が活躍するべきだと思われているものであればあるほど、その身内贔屓というものがモンスター化した過度のプレッシャーとして与えらるのである。

一番この流れで悲惨なのは、何度もこういった現象が起こっているにも関わらず、この流れ自体がヒーロー・エンターテイメントとして消費されているからだ。実力がある、無いにも関わらず、祭りあげるだけ祭り上げておいて、期待する。そして結果、プレッシャーで潰れてしまえば、潰れると日本人はプレッシャーに弱いからだダメだともっともな顔でいう。逆に勝ち続けると、益々高みを望むべくだとさらなるプレッシャーがかける。

残念ながら、このエンターテイメントにはハッピーエンドが少ない。というのも、通常は何処かでその期待値が実際の実力を超えて、上手くいかなくなるからだ。残酷な事に、観客はその事実を知りつつもドラマを求めてこのヒーロー・エンターテイメントに乗っかるのだ。

真面目ないい子ほど、周囲のプレッシャーに答えようとして、苦しめられる。そして、あるところでこんなに頑張るんだったらまだ華があるうちに引退した方が良いのでは無いかと燃え尽きてしまうのだ。

負け続けて、頑張ったけど残念だったねー。と観客としてのドラマは一応成立して終わりを見せる。が、実際の犠牲者となっている人としては祭り上げられて、頑張った挙句に捨てられるだけなのである。

珍しいケースであるハッピーエンドとしては、プレッシャーに負けてスランプに陥っても頑張り続けて、何処かのタイミングで一瞬だけでも良いのでまた輝く瞬間を見せる事だ。そしてその上で、力尽きたと引退を決意する事。いわゆる最後の一花パターン。

もう一つは、ごくまれに伝道師的に自分の好きな事に打ち込み圧倒的な実力を発揮して勝ち続けるストイックな人。例えば、イチロー、伊調薫みたいな人で、松井秀喜や吉田沙保里のヒーローがこのストーリーに乗る横で淡々と続けられる人しかいない。

そして、ひとたびこのヒーロー・エンターテイメントの流れに乗ってしまえば、銀を取っても期待に添えなかったと号泣し、まだ恐らくは最後のチャレンジができるであろうとしてもハッピーエンドを迎えたいのであれば、惜しまれつつの引退ぐらいしか答えがない。

好きでやり続けてきたことを、まだまだ余裕がありながらも辞めるという選択肢しか残してくれないのだ。

我々一般人は逆に向いてもいないことに最後までしがみつくので、そうでないところにヒーローを求め、夢を感じているというのはわからなくもない。

でも、もうそろそろ辞めた方が良いんじゃないだろうか。誉め殺しという世間によるイジメは。

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