小説より奇妙な現実をより面白く。ある傍観者の備忘録

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無宗教者が初詣に行く国

初詣に行ってきた。

全く神というものを信じないし、宗教が元で人生が大きく左右されるような人を恐ろしくも感じるのにである。ただただ1月1日がまた訪れただけという理由にも関わらず、単なる木箱にお金を投げ入れるため寒い中並び、さらに占いなんて馬鹿らしいと思っているのに100円もかけて原価が1円もしない紙きれを買うのだ。

側から見たら気が狂っているとしか言いようがない。税金すら払う事のない宗教団体にお金を献上し、昔からやっているというだけの理由で集金マシーンに喜んで加担しているのである。

普段、理性的な人やら経済的合理性を謳っている人ですら、初詣に行っているような気がする。自分にも当てはまることではあるが、言っていることとやっている事が全く一致していない。

では、なんでそれまでに意味のない事をするのか。そして、自分はどこまでだったら許容できるのか…。

新年でなければ寒い中神社に行って1時間も並んでまでお金を投げ入れる事はしないし、最近出来立ての新興宗教のお寺などであれば新年だって行きはしない。しかも、おみくじなんて紙きれに100円かけるのは初詣に行った時にしかしないし、ましてやその結果を信じるなんていうほど何かにすがりたいような人間には一生かかってもなれないと思っている。

つまり、歴史のある神社に、新年という条件が重なって初めて、神社に並んでまで参拝するのであり、そこまでの苦労をしてまで行っているからこそ暴利を貪っているおみくじなんていうさらなる負担を厭わないのである。

そう、悲しいかな。習慣に疑問を持たずにただただ繰り返しているだけなのである。そして、その習慣を楽しまねば損という気持ちが働くことによって、普段は全く信じない神に祈り、単なる経済的負担でしかないおみくじを買うことによってそれらしいイベントに仕立てあげているのである。

逆にいうと、習慣というものはとても恐ろしい。勿論、人生を楽にしてくれているものが大多数だとは思うが、知らず知らずに単なる負担にしかなっていない習慣も多々受け入れているような気がする。

今年はそんな悪い習慣を見つけては無くしていける一年に是非したい。

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